シンガポールで最も有名なホテル | パン パシフィック シンガポールの35周年記念

新たな視点から振り返る、パン パシフィック シンガポールのストーリー

1970年代 - マリーナベイの開発

マリーナベイ地区の開発構想が具体化したのは1970年代。現在の市街地の中心部を拡張し、より大規模なビジネスと金融のハブを内包できるようにするビジョンのもと描かれました。

かつてコリヤー キー沖の水域であった場所は、何段階もの埋め立て工事を経て荒地へと姿を変えます。そこに後年、当時としてはシンガポールで唯一無二にして最大の開発、マリーナセンターが誕生したのです。DPアーキテクツが、ジョン・ポートマン・アソシエイツと共同で設計したこのT字型の開発プロジェクトは、4階建てのショッピングモール、マリーナ・スクエアと、38階建てのパン パシフィック シンガポールを含む3つのホテルを主体としていました。

現在のマリーナベイを象徴するウォーターフロントのスカイラインを彩るのは、マリーナセンター、エスプラネード シアターズ オン ザ ベイ、マリーナ ベイ サンズ、ガーデンズ バイ ザ ベイ、そしてシンガポールのアイコン、シンガポール フライヤー。周辺のエリアに24時間365日、活気をもたらしています。この未来志向の開発が、シンガポールでF1のナイトレースの開催や、毎年恒例のシンガポールのニューイヤーズ カウントダウンをはじめとする、数々の象徴的なイベントの開催へとつながるのです。

1986年 - ジョン・ポートマン・ジュニア

マリーナセンターの複合施設を形成する3つのホテルはすべて、伝説的なアメリカの建築家ジョン・ポートマン・ジュニアの代名詞である象徴的なアトリウム デザインを採用しています。アトリウムの概念は古代ローマ時代まで遡ることができ、当時はエントランスのスペースや中庭に用いられていました。この概念を現代の公共建築に持ち込んだのがポートマンであり、その最初の事例は1967年、ジョージア州アトランタのハイアット リージェンシー ホテルでした。ポートマンの強みは、ロビー空間のアトリウムの創造的な活用を通じて、ドラマチックな空間を演出すること。ベーシックな幾何形状を駆使しつつ、建物内部に天窓付きの緑化バルコニーを設けることで、屋外を空間に取り入れたのです。このアトリウムは、人々の動きを深く理解した設計となっていることで、躍動感と活力に満ちあふれた空間の創出を促進しています。

パン パシフィック シンガポールでは、当時アジアで最も高さのあった巨大なアトリウム空間に、ホテル最上部から、アトリウム空間を流れ落ちるように布と真鍮の彫刻が吊り下げられていました。これは、下のロビーで交わされる会話の反響音を和らげる役割を果たしていました。

ポートマンが加えた造作には、もう一つ非常に愛されているものがあります。ホテルの内壁と外壁に設置された屋内用と屋外用のガラス製のカプセル型エレベーターです。ホテル内のカプセル型エレベーターからはホテルの壮大なアトリウムを、屋外のエレベーターからは、38階まで上昇する間シンガポールの息をのむような絶景をお楽しみいただけます。

1986年 - 彫刻と「スパイダーマン」

1986年にパン パシフィック シンガポールが開業した際、その象徴的なアトリウムにはホテルの最上部から下のロビーにある噴水の上まで吊り下げられた、布、ワイヤー、真鍮で作られた70万ドルの螺旋状の彫刻作品が飾られていました。「Spinning the Sky」と名付けられた、滝のように連なるボックスカイトで構成されたこの彫刻の名作は、フランスの彫刻家、ダニエル・グラフィンによって3年の歳月をかけて制作されました。グラフィンの凧への情熱にインスピレーションを得たその彫刻は、当時同種のものとしてはおそらく東南アジア最大の規模を誇り、重量も2,439kgというものでした。彫刻には150メートルのハンドメイドの真鍮製レールに加えて、この作品のために特注されたローズカラーの防炎ポリエステル生地を使用しました。

ホテルのソフトオープニングに向けての設置には、「スパイダーマン」の愛称で親しまれているアメリカ人のベン・コッリを招聘。非常に繊細な作業であり、コッリがケーブルで地上90メートルの高さに吊り下げられ、アトリウムを滑空しながら「Spinning the Sky」を設置する工程も含めて、完成までに2週間を要しました。

彫刻はアトリウムの空間で華麗な存在感を放っていたものの、掃除をしようにも手が届かないため、維持管理が不可能であることが判明したのです。時が経つにつれ作品には埃が積り、下のロビーの噴水にも、願をかけようとお客様がアトリウムのバルコニーから投げ入れた硬貨も溜まっていきました。そこで「スパイダーマン」を再び招聘。今度はその彫刻を解体・撤去することになったのです。布に絡まっていた多くの硬貨は、慈善団体に寄付されました。

1986年 - ホテル事業の国際展開

パン パシフィック シンガポールが1986年11月21日にソフトオープニングを迎えたとき、その後の姿勢を象徴するようなスタートを切りました。それは、最高の体験をお客様に提供するために革新を追求する手を止めないというものです。ゼネラルマネージャーのマンフレッド・ヘーガーは、衛星技術を活用すれば、オープニングが地理的な制約を受ける必要はないと考えました。そのため、ホテルがターゲットとしている主要市場がオーストラリアであったことから、発表会はオーストラリアのシドニーにある会場に向けてライブ中継を敢行。150名を超えるオーストラリアの旅行業界のリーダーや報道関係者がこれに参加しました。ヘーガーは聴衆に対して、ホテルの立地がオーストラリア人旅行者にとって理想的であることを強調。人々の関心や人流の中心がオーチャードロード地区から、新たに埋め立てられたマリーナベイ地区へと移っていることを断言しました。

1988年 - パーティーをご自宅にお届け

1988年、ホテルは地域のコミュニティに溶け込み、パン パシフィック シンガポールが海外からのお客様だけでなく、地元の方々にとっても愛される場所であることを示す方法を考案したのです。祝賀会が行われ、
その年に88歳を迎えるすべてのシンガポール人が、豪華な中華料理のランチを囲むお祝いの席に招待されました。48名の80代の方々がお祝いに参加されたものの、出席予定のお客様のうち1名の方が、当日の体調が優れないために参加できませんでした。

ジョセフ・デ・ソウザ様は体が弱く、パーティーに出席できないと聞いたホテルの広報マネージャーのルビー・クーとセールスマネージャーのシェリル・ハワードは、彼を自宅に訪ね、直接バースデーケーキを届けることにしました。

「これは決して忘れることのできない最高のサプライズだ」とデ・ソウザ様。自身の長寿の理由は、活動的だった若い頃、そして愛する妻ヒルダのおかげだと述べました。「昔はスポーツをしていましたし、母は毎日、牛乳や肝油といった健康に良いものを摂るよう気をつけてくれていたのです。しかし、私がこれまでこれほど長く生きてこられたこと、そしておそらくこれからも長く生きていけるのは、ヒルダの献身的な愛と配慮のおかげです」

1988年、1995年 - お客様への貴重品の返却

ホテルでは、スタッフが宿泊されたお客様が置き忘れたり紛失されたりした貴重品を発見し、正当な持ち主にきちんと返却する機会が必ずあります。しかし、2つの注目すべき事例に関しては新聞で取り上げられることになりました。それは、パン パシフィック シンガポールで見つかった物が高価なものだったためです。

1988年10月、客室係のタン・リー・エンが、日本人のお客様がチェックアウトした後の3004号室を清掃していた際に、灰皿の中に無造作に置かれた12万ドル相当の宝石を発見しました。この時点ではホテルで勤務を始めてからまだ7か月だったタンは、宝石があまりにも大きかったため、最初は偽物だと思ったそうです。貴重なものなのではないかと考えた彼女は、その石を封筒に入れて見つけたものをすぐに客室係に届けました。そうして、お客様はその宝石を取り戻すことができたのです。

1995年1月、同様の事件が発生します。ホテルのペストリーショップ、ラ・パティスリーでも、あるお客様が5万ドルの現金と100万ドルの小切手が入ったバッグを置き忘れたのです。当時勤務中だったアルバイトのウェイトレス、ジェニファー・リムが、置き忘れられたバッグを発見。直ちに上司のアレックス・リムに報告しました。その頃にはそのお客様もそのことに気づき、わずか5分後に店へ駆け戻ります。その日の遅くにお客様のお部屋に一報を入れるまでの間、安全に保管してもらおうと、バッグをアレックス・リムが金庫に届けたばかりでした。

1989年 - ハートのあるホテル

パン パシフィック シンガポールは、常にインクルーシブな文化を大切にしており、1989年には業界に先駆けてシンガポールの障がい者コミュニティからスタッフを採用しています。障がい者も他の人々と同じように社会に居場所を持つべきだと強く信じていたゼネラルマネジャーのジャン・ワッサーが主導した取り組みにより、身体障がい者20名がバトラー、プールサイド スタッフ、共用スペースの清掃員、ランドリーアシスタント、食器洗浄係の職に雇用されました。「彼らを分け隔てなく扱い、チームの一員として受け入れることを、社会的責任としてスタッフに奨励しています」と、ワッサーは当時説明しています。その慣習は現在でも続いています。

1991年~1999年 - ロマンスのハードルを一段上に

1991年から1999年までの間、バレンタインデーは毎年ホテルにとって大きなイベントでした。カップルはそれぞれ、ホテルを象徴するカプセル型エレベーターに乗って37階まで上がり、その後シンガポールの壮大な夜のスカイラインを堪能しながらお食事を楽しまれます。その後3階に戻り、日本料理レストラン「Keyaki (欅)」、広東料理レストラン「Hai Tien Lo (海天楼)」、そして当時あった「シャトーブリアン グリルルーム」など、ホテルの様々なレストランで、次のコース料理が提供されたのです。

ハネムーンスイートでの一泊とベッドで召し上がるご朝食も含まれていた、この革新的な1,468ドル(税・サービス料別)のプランは、大きな話題を呼びました。そして、この独創的なダイニングのコンセプトは1999年の大晦日まで続くことになります。

1993年 - シアター バイ ザ プール

宿泊されるお客様にも、地元のお客様にも唯一無二の体験を提供するため、限界に挑み続けるパン パシフィック シンガポール。その挑戦は、アイコニックな屋外プールをニューイヤーパーティーの人気スポットにすることに留まりませんでした。1993年9月、プールサイドエリアは5幕構成の舞踊劇を上演する劇場にさえなったのです。集まったお客様は、各晩400人にも
達しました。トイ ファクトリー シアター アンサンブルが上演に3万5000ドルを投じたこのノンバーバル(非言語)舞台は、地元の劇団がプールで劇を上演する初の試みとなりました。劇には、ニューエイジ ミュージックのインストゥルメンタルと自然の音を合わせたサウンドトラックを使用。あたかも満点の星空の下、水中で踊っているかのような演出がなされました。

1999年 - 初のヨットチャーター

パン パシフィック シンガポールにおけるもう一つの先駆的な取り組みとして挙げられるのが、1999年にケータリングサービスの一環として業界で初めて導入したヨットチャーターのプランです。これにより、ホテルのお客様は全長18メートルのヨット、ウィンドソング号をチャーターして、洋上の旅を楽しむことができたのです。料金はチャーターする期間や時期に応じて、すべて込みで550ドルから1,100ドル。ケータリングサービスは追加料金を支払うことで、オプションで追加できました。

2000年 – Ocean Ballroom (オーシャンボールルーム)を導入

2000年には519平方メートルのオーシャンボールルームを開設。ホテルの会議施設のラインナップを拡充しました。

2005年 – アート好きが集う場所

2005年、パン パシフィック シンガポールのパブリック アートスペースが、壮大なアトリウムを見下ろすことができるホテル2階に開設されます。220平方メートルのこのアートギャラリーでは、四半期ごとに展示会を開催。地元アーティストや注目のアーティストによる芸術作品を紹介しており、アートを愛するお客様は気に入った作品を購入することも可能です。これまでで最も注目すべきコラボレーションとしては、アートを通じて特別な支援を必要とする人々をエンパワーメントすることをミッションに掲げる、Very SpecialArts Singaporeとの取り組みが挙げられるでしょう。現在でも、ホテルは地域社会への貢献の一環としてこのスペースを運営し続けています。

2007年 - 客室のアップグレード

客室をアップグレードするための数百万ドル規模のプロジェクトで、ブティック インテリアデザイン会社のFBEYEインターナショナルを起用。

2012年 – 大規模改装

ホテルは大規模な改装を実施し、280室以上の客室が全面的にアップグレードされました。同年、ホテルはアジア料理から各国料理まで幅広く取り揃えている、330席を擁するシンガポール最大級のビュッフェレストランの一つ、Edge (エッジ)をオープンしました。元々33階にあったPacific Club Lounge (パシフィッククラブ ラウンジ)は、最上階の38階に移転。マリーナベイとシンガポールのスカイラインが広がる360度の眺望とともに、クラブルームおよびスイートルームにご宿泊のお客様に、より広々とした特別な体験をご提供しています。1階のアトリウムにもアイコニックなフローティングポッドが設置され、それ以来ホテルの重要な建築的特徴となっています。

2016年 - プールの改修

数百万ドルを投じたプールの改装を通じて、美しい水の流れ、豊かな緑、プライベートなラウンジスペース、お子様用の水遊びプール、そして新設されたプールサイドバーを完備。お客様の体験がさらに向上しました。話を現在まで進めると、パン パシフィック シンガポールは、シンガポールで最も有名なホテルの一つとして、ラグジュアリーなホテルステイ、ホテルのエグゼクティブフロアとして最高峰と評判のクラブラウンジ、優れたイベントソリューション、そして受賞歴を誇るレストランの数々を取り揃え、ビジネス客からレジャー客まで幅広い旅行者をお迎えしています。

2016年 - 30周年記念

パン パシフィック シンガポールは開業30周年を迎えるにあたり、屋外プールで祝賀イベント開催。30年にわたる気品あるラグジュアリー、卓越したホスピタリティ、そしてお客様のご愛顧を称えました。

2016年 - アン王女殿下のご来訪

アン・エリザベス王女殿下のシンガポール公式訪問に際しては、殿下をホテルへお迎えするという格別な名誉をいただいています。彼女は当ホテルの豪華なパン パシフィック スイート(プレジデンシャル スイート)にご滞在され、特別なお客様をお迎えするホテルとしての名声を裏付けるものとなりました。

2018年 – Keyaki (欅) ガーデンパビリオンが正式にオープン

日本庭園の静寂の中に佇むKeyaki (欅) ガーデンパビリオンが正式に開業。上品なミニマルデザインと、ホテルの鯉が泳ぐ池や京都をイメージした緑を一望できる景観を活かして、ウェディングや特別なイベントに向けた唯一無二の舞台をご提供しています。

2022年 – アーバンジャングルスイートとアーバンジャングルビレッジを導入

Kiztopiaとのパートナーシップを通じて、パン パシフィック シンガポールはアーバンジャングルスイートとアーバンジャングルビレッジの提供を開始。このファミリー向けの革新的なコンセプトは、冒険とラグジュアリーを融合し、お子様とそのご両親に没入型の滞在体験をご提供するものです。

2023年 – Pacific Emporium(パシフィック エンポリアム)、PLUME、リニューアルしたOcean Ballroom (オーシャンボールルーム)が登場

ホテルは進化の歩みを止めることなく、地元の人気料理を提供するオールデイダイニング、パシフィック エンポリアム、当ホテルのデスティネーション カクテル バー、PLUMEを新たにオープンしました。さらに、オーシャンボールルームがLEDウォールの設置を含む改修を終え、より洗練された多目的なイベントスペースとして再始動しています。

2026年 - 40周年記念

パン パシフィック シンガポールは、40年間にわたるホスピタリティエクセレンスを記念して、特別な節目の時を祝います。記念事業として、ホテルでは、豪華なダイニングキャンペーンや心身を癒すスパトリートメント、贅を尽くしたステイケーション、魅力的なアート展示、会議&ソーシャルイベント限定プランなど、厳選された企画をご用意しています。